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母からもらったルビーの指輪


 20年位前のことである。何時も素敵なジュエリーを注文して頂いているお客様の南(仮名)さんがその日は少し様子が違う。額に汗を浮かべて恥ずかしげに、ハンドバックからK18チェーンネックレス、リング等を出した。そこまではZORROにとって少しも不思議なことではない。ジュエリーのデザイン加工を専門とするZORROはリフォームをすることは得意な分野である。使用しない地金も精製して利用することが出来るのだ。

 その後、更に。

「実は、この指輪なんですが・・・」

南さんのバッグからは、大切そうに古いリングケースに入った指輪が出てきた。

「明治生まれの母から貰ったものなんです。ルビーの指輪と言われて・・・」

何故かルビーといった声が小さい。それに引き換えその赤色透明石の大きいこと、色も美しい。私は早速拝見する。南さんはさらに汗を拭いながら、

「母が初任給をはたいて、有名デパートで買ったものなんですって・・・」

私は石を調べながら南さんのやさしさを感じた。南さんは有名会社の社長夫人である。そして、宝石もジュエリーも好きな人である。この赤色石がルビーでないことはおそらく理解している。しかし私に対して一度も嘘とか、にせとか、イミテーションと言う言葉を発しなかった。お母様を思ってのことであろう。

私は仕事柄真実を伝えなければならない。

「これは、合成ルビーですね」

合成ルビーといっても贋物ではない。この石をルビーと言った時それは贋物となるのだ。

 よく石を持ってくる人に、贋物なのか本物なのか聞かれることがある。私は答える。

「世の中に贋物など無いのです、皆それぞれに名前があるんです。ただ、それを違うものに見せようとしたり、違う名前で言った時に贋物になるのです」

 持ち込まれる石は時に本物のガラスであったり、プラスチックであったり、合成物であったりする。

「合成ルビーの本物です」

 心配そうに鑑別作業を見ていた南さんは安堵したように、

「そうですか」

そして不安げに、

「どうしよう?この石を使ってリングを作っていただけるのでしょうか?」と聞いてきた。

よく事情を聞いてみると、まずお母さんと言うのは南さんのご主人のお母さん、つまり姑さんのことであり、南さんが嫁ぐ前から大好きな人であること。そしてその指輪は嫁いでからもよく姑さんが指にしていて、事ある毎に、「貴女は本当によくしてくれるから、私が死んだらこの指輪をあげるからね」と言われてきたそうである。そして初任給で買った話も何回も聞いた話で、その度うれしいと思っていたのだけれど、今年南さんが結婚30年を迎えることになった、その祝いの席で、死んだらあげると言っていたその指輪をプレゼントされたと言うのである。それも、

「貴女の話に出てくるZORROさんで、貴方に合うようにしてもらったら。地金はこれを使って貰って・・」とK18チェーンや、リング等も一緒に戴いたということである。実は南さんの心の中にも、この大きさのルビーが存在するのか、またこんな大きなルビーを戴いてもいいものかと迷いの気持ちがあったという。大好きなお母さんが嘘をつく筈はないし、お母さんが騙されたのかとも思ったという。

 私は南さんのお母さんの為に次の話をした。

「お母さんは決して嘘をついている訳ではないんです。当時は有名デパートでもルビーといって売っていたんです。丁度その年代のお母さんやおばあさんから戴いたルビーと言ってリフォームしにくる方がいます。それがこの石と同じ合成ルビーなんです。ドイツ製のものがほとんどで、硬度もあり、色もきれいです」

問題は、ルビーだと信じその大事で大好きだったリングを大好きな嫁である南さんに上げたいと言うお母さんの気持ちである。大切にいただきたい気持ちだ。

金額で考えると貨幣価値は変わっても、当時給料一か月分で買えたものは今日でも現在の給料一か月分位で買える。この合成ルビーがコランダムのルビーだった場合、大きさ重さからいって給料の二、三年分になってしまう。当時でも、同じ位だったであろう。ありがたく戴いたらいいと思う。お互いに有難うの気持ちが、この赤色透明石をリフォームすることにより、暖かく広がっていく気がする。南さんは満面の笑顔で、

「是非、リフォームをお願いします。母との想い出一杯詰まった、合成ルビーの指輪ですね。母には合成とかは言いません」

私の一番嬉しい瞬間である。宝物の出来上がる瞬間である。

宝物とはその価格や大きさではない、その人にとってかけがえのないものの事である。

                              
おわり